Academic Thesis

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Name Machi Senjuro
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Title

野﨑武吉郎と三島中洲からみた明治期の地方名望家と漢学者

Bibliography Type

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Author

町泉寿郎

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Summary

三島中洲と野﨑家の関係は嘉永三~四年頃に遡り、藤戸の大庄屋日笠家を介して三島家と野﨑家は遠縁に当たったが、中洲はその時々に野﨑家にとって必要な人材を紹介し、親族なみの関係を築いた。中洲が紹介した人物としては、武左衛門時代の福田新田をめぐる係争における備中松山藩士三田龍之助や評定所留役吉田條太郎、武吉郎の貴族院議員初当選時の貴族院書記官笠井彰や貴族院書記官長金子堅太郎、東京野﨑邸の管理や在京事務担当者としての手島知徳、『野﨑宗家家法』制定時の判事寺島直や弁護士城数馬、福島板倉子爵家から養子に迎えた板倉勝輝、手島知徳の渡清時における野口多内などが挙げられる。中洲と武吉郎は、備前・備中地域の大庄屋ネットワークを背景とした当初の関係から、武吉郎自身の事業拡大と議員活動にともない、それを支えた田辺為三郎や手島知徳が中洲に学び漢詩文に堪能なことも与かって、関係が深まった。中洲が官吏や教育者として培った人脈や情報が野﨑家にとって有用であっただけでなく、公益と私財の関係や義を指標として利を追求するという経済思想において両者は基本的に一致していた。中洲は「東野﨑濱鹽田碑」「迨暇堂記」「五猿西井翁伝」などの撰文を通して、武吉郎に対して殖産興業・公益優先・社会福祉貢献・忠孝奨励等の理想的な名望家像を指し示した。

Magazine(name)

塩田地主野﨑家

Publisher

京都大学学術出版会

Volume

Number Of Pages

StartingPage

191

EndingPage

238

Date of Issue

2025/12/25

Referee

Exist

Invited

Exist

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Thesis Type

Academic dissertation (other)

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