「『病草紙』制作と後白河法皇の思想」
『病草紙』の中の「鼻黒親子」の絵に着目した。本稿では、「鼻黒親子」は、基底細胞癌であることを明らかにした。基底細胞癌は、平安時代においては、貴族ではなく庶民がかかる可能性があった病気だったと考えられる。庶民と仏罰の関係を示すために、「鼻黒親子」の絵は大変効果的であったということを指摘した。先行研究では、宗教的意味合いを持つ絵画や彫像は、とかく切実な信仰心のもとに制作されたと考えられがちである。たとえば六道絵については、「六道絵の制作→厭離穢土→欣求浄土」という図式で捉えられがちである。しかし、貴族たちは、
『日本医史学雑誌』
日本医史学会
第51巻
4号
593
614