宋代学術筆記研究の一環として、本論考では南宋・羅大經の『鶴林玉露』を取り上げ、現代の目から見れば多様なジャンルの短文が雑然と並ぶ形式で記述される学術筆記が、一つの豊富な内容を含むパサージュであり、学術筆記群全体は宋代の知的活動の多様性を解明しうるメタパサージュと言えるのではないか、というアイディアの元、「宋学」「三教交渉」などの思想史的観点からその可能性を探った。具体的には、まず張南軒の高弟游九言の『太極圖説』冒頭の「無極而太極」に関する理解と彼の詩句を併載する短い条に注目、彼の太極・無極理解が元代・明代を経て『宋元學案』に収録される過程を追った。次いであるべき心の在り方を主題とし、仏教との思想的関連が読み取れる「無為無思」条を取り上げ、分析を加えた。その際、羅大經が陸象山の弟子である袁燮の「非木非石、無為無思」という言説とそれを評価する楊簡のエピソードを紹介した上で、その発想は既に北宋の蘇轍に見られることを指摘、その説は禅宗の深い理解を背景にしたもの、としており、南宋期に於いて朱熹が強く批判した蘇轍が一定の影響力を有していたことを示した。加えて、宋代士大夫の仏教受容の在り方について考察を加えた。