実践知を豊かに備えたセラピスト個人を研究協力者とし,著者との深く掛かり合った対話によって,知的障碍の ある人への心理療法の実践知を,暗黙知的な側面を含めて見出すことを主な目的とした。著者もセラピストであ り,本研究は,暗黙知のジェネラティビティの試み,すなわち暗黙知を世代間で生成的に伝達(継承)する試み としても位置づけられる。第 1 著者をインタビュアー,第 2 著者をインタビューの媒介者/観察者と位置づけ, 非構成的インタビューを行った。人間観,心理療法の基本姿勢,知的障碍のある人への心理療法の中核技法の 3 層からなる実践知の構造が見出された。心理療法は,自分の主観的世界が“わからない”クライエントが,主観 的世界とつながり他者と共有できる共同的な媒体としての「ことば」を見出し,“わかる・わかちあう”へ至るプ ロセスとして捉えられた。その上で,知的障碍のある人への心理療法とは,知的障碍のある人の個人的特性とさ れる“わかる”ことの困難をクライエントからひきはがし,“わかる”という営みの共同性を取り戻そうとするダ イナミックな実践として捉えられた。“わかる・わかちあう”ことを目指す心理療法は,自分らしく生きるための 暗黙知をセラピストからクライエントに伝達(継承)する営為としても捉えられ,本研究の結果と方法論に同種 の構造が浮かびあがった。